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maicou

maicouさんのエントリーid:maicou

35 fans

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9/10 β世界線へようこそ!
maicou

ひとりごと

15年前まで住んでた街に用があって行ったところ、当時私の部屋の上に住んでた5人家族の母さんに偶然会った。娘さんと思われる20歳くらいの女子を連れてたので「お子さんでしたか?」というと、そうだと言われ「当時は本当にありがとう、あなたが子どものドタバタや鳴き声なんかに寛容で苦情を言ってこなかったから、こうして自由に子育てが出来た!本当にありがたかった」とものすごく感謝された。記憶を辿っていくと、この娘さま、当時あかんぼうだわ!そうだったギャーって泣いてた!真っ裸で外走ったりしてたw って思い出して。そっっかーこの子があの…ってなって、自分まで感動してしまったわ。
ちょうど昨今、子育てについてすごい厳しいじゃん。その母さん、3人育てたけど(だから毎日大騒ぎだった)、そういうの周囲の理解とか、子育てに寛容な世の中の空気みたいの、すごい重要なんだなって改めて思ったのな。
当時はそんなことまで考えてない。自分も生ピアノ弾いてたしお互い様やなくらいしか思ってなかったけど、いま実際目の前に成人した当時の赤ん坊だった女子を見て、人を育てるってスゴいことなんだよなあって感動したのだった。いい日だったね!
maicou

お散歩部

あちこちに古墳がある。奈良なのかw
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maicou

ひとりごと

返信先maicou
だいぶ話題が逸れてきたが、この項まとめ。
コレ書くと非難覚悟なんですが、私コッチ戻って、自分と似てるとされる音楽オタ系サブカルおっさんにたくさん会って、一番感じたのは「ああみんな20年、年取っちゃった…」だったのです。千葉時代の渋谷系の話は散々書いてるので省略しますけど、みんなあの時代から普通に20年歳を取ったの。その現実を自分は受け入れることができなかった。もっと言うと、自分はこういうふうにはなりたくない、なってないつもりだし!ということだった。
大阪時代からいろいろ振り返ると、自分はずっと「ヲタの星」になりたかったんだと思うのよ。鉄にしろアニメにしろビートルズにしろフランス系にしろ音盤分析にしろ、ともかくヲタ系全般に自分は興味があって、その彼らに影響を受けて、こっちも全力で分析サイト書いたり音源集めまくったり故郷の回顧録書いたりとかしたわけですね。ともかく彼らヲタの思いを一身に集めて昇華すること。それのみと言ってもいい。そうした結果、今の地位にたどり着いて、ふと振り返れば自分だけ別な地平に来てしまった感があって、他のみんなはただ20年ぶん年を取って、それこそ浦島の玉手箱開けたみたいに、居心地のいい場所でグズグズ溜まってるだけだったっていう。そういう現実を首都圏リターンで目の当たりにして。
私最近よく言うんだけど、7年間NGSK移住していたあいだに、東京はもう自分が知ってる東京じゃなくなったって。それは間に東日本大震災が挟まってることも大きいのだけど、自分が移住する前のまま時間が止まってて閉塞していただけだったっていう、そういう現実を突きつけられたのが大きかったかなって思ったな。
ココでもよく書いてたんだけど、私にあんなに刺激を与えてくれたキレッキレなみんなは何処へ??行ったの??みたいな気持ちがあって、なんかみんな変な方向に行っちゃってて、性犯罪者になっちゃったり病んでしまったり、ただの老化も無いような気がして、それが本当に辛く。

そういうのが老害とかミソジニーとか虹ヲタ問題とかに全部リンクしてて、まあそういう気付きの5年。
だからもう自分は同年代みたいなアラカンアラフィフみたいな、そういう世代じゃなくて30代前後くらいの人とやったほうがいいって、そういう感じ。
NGSK末期に大学生と知り合い、彼ら彼女らのバンドに新鮮味を覚えて、それが救いになったという話を書いたけど、結局こっちでも、それと同じことが起こったということなのだなあと思ったな。
maicou

お散歩部

また新たな森を発見した。わくわく。
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maicou

いただきました

仕事のときに出る「現場飯」はいつも美味しい。
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maicou

ひとりごと

返信先maicou
もう一つ重要な事があって、最近よく団塊おっさんとかについて考察されてるけど、自分らは反体制でイケイケの若いつもりでいるかも知れなくても、今の貧困若者にとってはじゅうぶん体制派で恩恵を最大限享受してる世代であって、それゆえ老害なんだっていう話で、自分自身もそこは日々感じており、どんなにココで「自分も非モテで不遇でマイノリティで必死だった」と言っても、でも今は違うではないの?と言われたら返す言葉はない。自分だって必死に頑張ってこうなったが、それを「しょせん勝った人の話=ポジトーク」と言われれば終わりなわけ。
おそらく東京リターン直後に自分に起こった、例えば日向文であるとかそういう人たちとの齟齬は、そういう感覚の非共有によって起こってるのであって、今回みたいに若者集めてイベするなら、そこは絶対に理解し合えないと無理だと思ってた。
そういうときに、過去の名曲三昧の私もアイドルPとしてのステイタスも、まったく役に立たずかえって邪魔になる。しかしそれらも自分自身でしょ?そういうことをやってるが、自分は体制側ではないんだということを、パフォーマンスで証明しなければならないわけだよ。かと言って、相手レベルにまで下げていくことは、それは非常に姑息であざとい。自分のレベルを下げずに、自分の反体制であるという意識を示さねばならない。そういうときにアイドル曲のセルフ・カヴァーをパロディ感覚でぶっ込むことで、全部ひっくり返すというか、完成じゃないんだ職業作家ではないんだっていう矜持を示すことができる、という方法を1年で完成させたというのが私のエライところでしょ?ということやんなw
maicou

ひとりごと

返信先maicou
引き続き自己分析ふりかえり。

門仲はあくまで「自分を最初から知ってる人」向けの、それこそ生存確認の場であってオフ会に近いものだったと思うんだよな。あれでは他者にアピールできないし、初の人とかを呼べない。だからがっつりパッケージされたプロい現場を他でしなければならない、とずっと思ってた。

NGSK時代は門仲は楽しかったよね。お祭りだからね。でもああいうのは年一とかでいいのだよな。やっぱり、すごいすごいとか楽しかったとか、そういう強い気持ちが動くようななんらかの感動を与えないとライブなんかやる意味がない。門仲では、他社に対してそれが足りない。だから銀座進出したと。

ココで前も書いたように銀座に決めるまで1年間、自分も「SSWおっさんw」として多くの女子ライブを見に、何ヶ所もライブハウスに通いました。結果的に銀座になったのは、オーナーさんの音楽的好みが自分に近く、そういう趣味なら自分の音楽も好きになるはずだと確信したからw
まず自分が居やすそうな場所を確保して、そこで色々実験しながら型を作っていこうと。あと、しばらくそういうアウェイ現場(知らん対バンがたくさんいる)の経験がなかったので、それに再び慣れなきゃいけないという修行ですよね。そのために「長期出られる」場所として銀座がよかったと。アウェイ現場で最低ひとり(オーナー)ホーム感ある人がいれば安心だからね。
渋谷までの長い道のりはそういうことだったということやな。やっぱりやるからには圧倒させないと。という。
maicou

お散歩部

1年ぶりにお台場。
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ひとりごと

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私の人生ってさ、ここでの語りをずーっと見てることからも分かる通り、既に構築され済み世界の中に入っていくことが嫌で、新しい世界の中に自分の身を置いて、興味がない人や触れる機会のない人まで引っ張り込む、というのが本当に好きなんだって。まあ宣教師ですよ。教会に来い!じゃなくて自分が持って歩くの。嫌がられても浮いててもやるの!それが大事。
maicou

ひとりごと

企画イベ楽しかった。やる前は初めてづくしで超絶ナーバスだったうえ、同日にDJ勤務が入って2現場になるとかいう地獄みあったんだけど、まあ終わると何でも楽しいよね。
やってて思ったのは、よく考えたら自分以外の出演者みんな20代とかなのですよ。そこに混ざってる私、別に普通に思ってるところが「擬態し切れてないネコ」みたいで可笑しかった。
あと最近、Zeppelin繋がりで「大ジミーペイジマニア」の「所謂おっさん」さんが来てくれるのだが、若い人々のギターの使用法にいろいろ刺激を受けるらしく楽しそうなのが喜ばしい。最近ジェフベック人気が再燃してるらしいけど、オープンチューニングの波及性とか考えると、今でも圧倒的にジミーペイジのほうが説得力ある存在だと思ってるので、自分も今後もジミーペイジ一筋で頑張りたいw
maicou

お散歩部

トンネル。やっとこっち側から撮れた。
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maicou

ひとりごと

わたし時々「本当に音楽が好きだと伝わってくる」「作品に音楽愛が満ちてる」などと人に言われることがあるんやけど、それっていったいどういうことなんだろうと。
今ふと思いついたのだけど、例えばセオリーどおりでありつつ産業ぽくなさをそう感じてるのかもしれないな。とか(適当に自己分析)。
そういえば私、前に「自分は遵法意識が高い」と言ったことがあるけど、決まったセオリーの中でどうするのかという能力が、愛というふうに聴こえるのかもしれないなと。今って敢えて破る人ばかりだから、僕の正しさを愛みたいな感情で捉えるのかもしれないかなと。
既に決まってるものを敢えて破るのは簡単だからなあ。決まってることを破ればいいだけw そこに必要なのは多少の度胸くらいでしょうか。
だから決まったことをしっかり守った上で、ちゃんと自己表現ができる人がスゴイということになるのだけど、自分もそのように聴かれるようになったかもしれない。やっぱり創作において、これからの時代は円熟こそパンクなのかもしれない。
maicou

ひとりごと

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慎太郎氏に関しては以前いろいろ考察したことがある。例えば最近、もう漢字が読めないんだみたいなこと言ってたけど、彼は日頃ぶつくさボヤキみたいの言ってるけど、彼ってプライベートでも「思い通りに行かない自分自身に対して」ぶつくさ文句を言ってるんじゃないかって。
というのは、珍しく弱音を吐いてる何かのインタビューを見たからである。もう自分はダメだみたいな。だから彼はパブリックに示したい自分自身のイメージがあって、そこから外れてることについては認められないみたいな、よく言えば美意識みたいなものに縛られてるんじゃないだろうかと。小室さんみたいに赤裸々に弱音を吐けるのは、男子では今もそうそういないので、だいたいは石原氏みたいにずっと強がりを言い、それが老化で転じて毒になっていくんじゃないかって推測してる。
そういう意味で、女性蔑視的な人々も、なんらかの自分自身が決めてしまった望む形があって、それに縛られてああなっているのではないかと想像できたわけです。まあこれは何についても言えるよね。早いうちから頭が固まってしまい、そこから外れた価値観の言動は出来なくなる。老害やミソジニーと言われる人が陥っているのはこの状況なんじゃないかと。そのように最近思っているわけです。
maicou

ひとりごと

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この辺のことに関してずっと思ってることがあって、そんなに男子の性欲を禁止したら子孫が途絶えるとか、男子は可愛い性欲動物的なこと言う人って、本人は「実際に」そういうことが出来る立場の人なんだろうか?ということです。
前にわたし、石原慎太郎がことさら「ばばあ」みたいに叩くのって、実は本人がもう男性機能を失ってしまったからなのではないか、みたいに推理したことがあったのだけど、前記みたいなことネットで言ってる人々も、実際にそういうことができるような人々なのか実は怪しい、というように睨んでる。
この辺はまた、最近話題になってた「音楽評論が歌詞や背景でしか語られない」問題と繋がってくるのだけど、まあつまり「やりもしないで想像で語るな」に尽きるのですね。いや、考察の一つとして自分が知らない世界のことを考えるのはありです。でもそれは主流ではない。
音楽批評は「音楽的なこと」が分かる人がそれについて書くべきだし、それは絵や映画、小説などについても同様なんじゃないか。なのに何故か音楽だけは「音楽を実際にやらない人」によって批評されておる。
それと同じく、性的なものやエロも、実際にそういうことをやらない人によって批評されたり、考えを主張されているということが、自分としてはすごくアンバランスだと思う。つまり当事者が置いて行かれて勝手に外の人々が空想で語り、物事が決まっていく。それがそもそも変なのだと。とりあえず続く。
maicou

お散歩部

植物王国。そしておまけ。
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ひとりごと

返信先maicou
これはいろいろ複雑な問題を含んでて、そもそも実力勝負なはずだった歌謡界〜演歌界で当て振りを解禁した誰かがいるわけです。生声じゃなければ喉も疲れないから、営業を今までの倍入れられるとか。声の老化もバレないとか。
僕はそういう話を、記憶が正しければ90年代終わり頃には仲間から既に聴いていて「えーそうなんだ…」とびっくりした覚えがある。バレないのか?と尋ねたところ「聴くのは老人が多いから大丈夫なんだ」と。
ところが2ちゃんとか見ると、もうみんな耳が良いですから、殆どの人でバレてしまっている。それも、そういうことをしそうにない大御所みたいな人が率先してやっていることに、誰もがショックを受ける。自分でも分かってるのか、そういう方々は、最近相次いで紅白とかを卒業しましたね(自主卒業しなかった和田氏は衰えても自分で歌っていた)。

こういう姑息な芸能界という現状がもう20年も続いていて、そんな中で西城氏がこのような方法を取ったことについて、責められるのだろうか?ということも考える。だって他のみんなもやってるのだもの。もっと辛い自分だってやっていいでしょう。

ビーチボーイズの友人でジャン&ディーンというグループが居るのですが(一聴して誰でも知ってる大ヒット曲がある。)、そのジャンが交通事故で再起不能に近い大怪我を負い、それ以降のライブが当て振りになったが、あるときテープのトラブルでそれがバレてしまう、という事件があって、それは映画にもなってます(デッドマンズ・カーブ)。その後はちょっと感動的な展開になります。
西条氏にも呂律が回らなくてボロボロでも歌ってほしかった。それが生き様だろうって僕は思ったんだよなあ。もちろん本人もファンも、それ見るの辛いのは十分わかった上で、それでもね。
maicou

お散歩部

ちょっと「第四惑星」感あった。
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maicou

ひとりごと

私が晩年の西条氏にいまひとつ乗り切れないのは、今の自分の歌を届けるとか言いながら当て振りだったことなのだ。結局最後まで真の自分を曝け出すことなく逝ってしまった。
昔テレビのドキュメンタリーで、声帯ガンの紙芝居屋さんに密着するというのがあった。彼は声を失くしてしまったのだが、ファンの人がたまたまカセットで録音していた彼の名調子を譲り受けて、その音声を流しながら口を動かすという方法で仕事を続けた。あれはスゴイなと思った。
あとは、こないだ書いたけどフォークルの端田宣彦。亡くなる3ヶ月くらい前、北山修のステージに出てきてヘロヘロな歌を披露し「パーキンソン病で歌えなくなった。歌というのは感性や音感ではない。筋肉だということを思い知った」と発言した。
西条氏にはこういうことをやってほしかった。例えば脳梗塞になって、歌はどのように変わるのか、脳内で描いたままメロディは歌えるのか、自分の中で自分の音感と声帯のコントロールの伝達はどのように感じるのか。そういうことを実例を示してリアルに語ってほしかった。
紙芝居屋さんがそうであったように、西条氏だって自分の歌を流しながら当て振りでも、そうしたいならかまわないと思う。問題はそれをお客さんの殆どが知らなかったことなのだ。これはお客を騙してるとは言わないんだろうか。
落馬で全身不随になったスーパーマンのクリストファー・リーヴが、何かのCMで「立って歩く姿」で登場し、それが実はCGだったというので、その企業が批判されたことがある。西条氏がやってたこともこれに近いのではないか。そういうことについて周りの旧友たちは何も進言しなかったのだろうか。「頑張ってるからいい」と思ったのだろうか。そういう姿を見せることでみんなに勇気を与えると思ったんだろうか。でもどうかな。脳梗塞で倒れたが歌は歌えるんだぜ!というのがウソだったら、それは同じ病気の人に「勘違いさせて無理させることになる」。そうでなくて「マトモに発声は出来なくなったが、こうして頑張っている」のほうが、僕はよっぽどよかったと今も思ってる。
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お散歩部

ちょっと埼玉感あった。
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maicou
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